LMI Group NEWS 2019.09.26
【後編】中国・深センに見た新小売革命。リテールテックで店舗の機能が削られる!?
1年で1,800店舗を開店させた驚異のコーヒーショップチェーンが中国にはあるといいます。私たちの常識では、出店にあたっては、調査、物件選定、資金調達、店舗設計、工事、求人・教育・・・と相当な時間がかかるはずです。しかし、思い切って店舗の役割を再定義すると、ビジネスは制約が少なくなり、圧倒的に身軽になるというのです。それは将来、日本が目指すビジネスモデルなのでしょうか。それとも脅威になるのでしょうか。OMO(Online Merges with Offline)が急速に進行する深センを視察した株式会社プランクトンR通販支援事業部長の川部篤史氏に、クレストの経営企画本部情報システム部シニアマネージャー 江刺家が伺いました。
(構成・写真 / 渡邉 奈月 <ICPコンサルティング>)
株式会社プランクトンR 通販支援事業部長 川部篤史氏(写真 右)
事業全体を俯瞰しつつ、豊富な知見に裏打ちされた、EC/通販事業での事業構築&製品マーケティング戦略立案・実行を得意とする。AI/オートメーションの活用や、中国越境ECにも明るい。現歴以前は、株式会社JIMOSで通販支援事業部長及びホールセール事業部長(2014~2018)、またマキアレイベル製品開発部長及び健康食品部長(2012~2014)を歴任。他、大塚製薬株式会社(通販・EC部門)、株式会社千趣会(製品企画・開発・仕入/制作企画/EC等)にて活躍。ビジネスブレークスルー大学大学院経営管理修士(MBA)。
株式会社クレスト 経営企画本部情報システム部シニアマネージャー 江刺家直也(写真左)
WEBオープン系エンジニアを経てプロジェクトマネージメントからソリューション提案、プリセールスを経験。その後マーケティング・システム・サービス事業会社にてマーケティング支援からマーケティングオートメーションシステムの導入を経験。クレスト入社後はシステム全般的な側面から全社業務の最適化、サービスの拡充を支援しつつ、esasyの製品企画から販売戦略の立案、サイト作成まで担当し、現在は経営企画本部情報システム部の統括を担当。
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川部:この動画は、中国のガリバー2強の1つ、アリババグループの新型スーパー「フーマー」です。入店は誰でもできますが、決済はアリペイのみで、ここでも顧客データを囲い込んでいます。フーマーは従来のスーパーのように陳列から商品を選んで買うこともできますが、地域毎のECの配送・物流センターも兼ねています。買い物の流れとしては、ECから店舗在庫で注文が入ったら、店内のスタッフさんが、店内に張り巡らされたチェーンコンベアシステムに乗って、陳列棚から商品を取り、裏のバックヤードに商品を持っていきます。裏で個配送の箱に詰めて、ショッピングセンターの渡り廊下に外付けされたベルトコンベアに乗せられて、おそらくもともと倉庫だった部屋に到着します。すると、待機していた配達ドライバーが、パッキングをしてエスカレーターで運び、配送車に乗せるのです。
江刺家:日本では見られない光景ですね。すべてのビジネスの最上位にはお客様・サービスがありますから。店舗を駆け回る店員さんや商品がベルトコンベアを流れている姿など運営の裏側は見せられない。そんな発想になりがちです。一方、中国は徹底して、ソリューションですね。課題があって、解決できれば方法は問わない。
川部:このフーマーでは、AIが出店場所も決めているといわれています。各所、各サービスからデータが集まっているので、人が決めたルールに従って、膨大なデータをクレンジング、解析して、この地域に、こういう消費動向があるから、この辺りに出店するといいぞと。
江刺家:中国は日本と違った進化の道を進んでいますね。ちょっと前まで日本のいいところを取り入れる、という動きだったのが、むしろ自分たちなら技術をこんな風に使えるという・・
川部:NewWorldを自分たちで作っていこうという動きになっていますね。データについても、目指す姿が違うことを踏まえなければいけませんね。欧米日の「データ民主主義」と中国の「データ全体主義」。この違いについて実感を持っていることが、サービスの開発や利用を判断するときに重要になると感じていますが、そのような方はまだまだ圧倒的に少ないのが現状ですね。
江刺家:そして、日本に戻ると最上位にサービスがある。中国は参考にしてそのままパッケージとして日本で受け入れてしまうと大失敗する恐れもありますね。
選定も、決済も、店舗の機能は柔軟にオンラインとオフラインを選択する時代に
江刺家:スーパーにもECが入ってきている流れをみても、リアル店舗のショールーミング化は進みそうですね。私たちクレストは、すべてがバーチャル店舗になるとは考えていません。一定数はECサイトの購買にシフトしますが、ショールームという目的ではリアル店舗は残ると考えています。リアル店舗で得られるものはWebっぽく言うとUX(User Experience)にあたる部分ですね。
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川部:おっしゃる通り、決済はスマートフォンが担う流れが加速するでしょう。私のスマートフォンにあるこのアプリは、WeChat上で動く、ミニアプリというものです。お店毎にミニアプリがあって、プロモーションや注文、決済の機能があります。またスマートフォンなので、位置情報も取れます。これは、コーヒーショップのミニアプリですが、買い物の流れとしては、例えば、コーヒー買いに行こうと思った時に、2時間後にオフィスに着くから、通り道のここでコーヒーを1時間45分後に受け取れたらいいな、と思ったとします。で、予約と決済をスマートフォンでします。店舗はお客様が時間にきたら、番号通りに渡すだけだから、店員は1人いればいいんですね。
江刺家:決済機能をお店から外すだけで、店舗運営はとても楽になるのですね・・・!
川部:まさにそうなんです。このコーヒーショップは、中国全土に2,000店舗ありますが、たった1年で1,800店舗展開して、今や中国では生活の一部になっています。なぜこのスピードで展開できたかといえば、店舗スペースが従来の3分の1程度だからです。これまで立地として適していなかったところでも出店できる。バックヤードも簡素でいい、スタッフのスペースも1人分でいい、レジような設備を置くスペースも不要なんです。
江刺家:感動しました。スマホに決済を任せてしまえば、教育格差の問題も取り払われますね。海外では受けた教育課程が一律ではありませんから、暗算ができなくてもレジを担当することがあります。すると1日の売り上げを正しく管理するには、レジ担当に管理者が配置され、管理者がレジと現金、クレジットカードなどの取り扱い方を設計してマニュアル化して、丁寧に教育をする必要があります。日本ではあたりまえにできると思ってることが結構できない。人、スペース、教育する時間…出店の足かせになってきていまう。。
川部:セキュリティをガチガチにしなければいけないのも、決済機能が店舗にあるからです。比較、選定、購買、決済、デリバーまで各フェーズ、オンラインとオフライン、都合のいい方を選択すればいいんですよね。
「IT格差」というよりも「購買格差」。いままでと違った波をどう乗り越えるか。
江刺家:一方、あるフェーズをオンラインにもっていくと、弱者は買い物ができない、という問題が出てきそうです。スマホがあって、WeChatが使いこなせて、クレジットカードが作れる経済力や信用があることが前提ですからね。
川部:実際に、中国で問題が起きています。旧正月に出稼ぎに来ている年配の方が故郷に帰ろうとしても、中国の新幹線である高鉄は予約が電子決済にしか対応していないから、窓口で並んで買おうとしてもほとんど買えない。結局使いこなせない人たちは帰郷できなくなってしまっているんです。使いこなせないと人並みの生活が送れないというマジョリティの論理になっているのが中国です。
江刺家:もはや、「IT格差」というよりも「購買格差」ですね。一方、日本では弱者に配慮があるのが大きな違いです。開発現場でもよく議論になります。スマートフォンアプリの開発をやるときにはクライアントさんにこう聞くのです。「スマホを持っていない40%は無視して設計していいですか?」と。それは極論、マーケットには存在しない人として設計するということです。すると「そういうわけにはいかない」と返答が来ることが多い。こういったきめ細やかな配慮がITサービス品質向上という点では競争優位の源泉になっている一方、発展の足かせになっているのも事実です。「○○がないとウチのお店として認めない。サービスを受けられない人を自ら作ってはいけない」という論拠になりがちで、やってみてダメだったら捨てればいいという思考にはならない。日本の小売業界が今後、どちらにシフトするのか興味深いです。中国のこの考え方は、日本人がイメージする「お店」というものの屋台骨を折るような発想ですからね。
川部:このコーヒーショップは、1店舗からテストマーケティングしたわけではなく、ファンドに「私たちがスタンダードになる」とプレゼンしてお金を集めて、数百店舗一気に展開したそうです。だから尋常じゃないスピードで展開できたんです。
江刺家:万が一、事業がダメだったとしても、この店舗の作りであれば2,000店舗撤退するのもスピーディに進められるのでしょうね。
川部:海の向こうでは、このようなサービスを当たり前だと思っている人が、10億人規模でいるのですから無視できません。日本も同じようにやろう、ではなくて、どう乗り越えるのかを考えていかなくてはなりません。
江刺家:そうですね、どう乗り越えるかだと思います。既存の産業を破壊するばかりがイノベーションではありません。クレストではレガシーマーケット・イノベーションを提唱しています。社長の永井がよく言うのですが、業界の外から破壊されるのではなく、業界の中の企業がITに詳しくなって、徐々に業界全体を変えていくというアプローチもあります。新しいものを受け入れて、緩やかな変化をしながらイノベーションを起こすのです。破壊的なイノベーションは海の向こうまで来ているのですから、その心構えを勉強して対応しないといけませんね。
川部:もう、見て見ぬふりではすまされませんよね。