LMI Group NEWS 2019.09.27
【前編】Googleアナリティクスの大家が、次に分析するのはCRM(顧客管理)データ 〜今、企業の分析ニーズは手付かずだった既存顧客へ
「Google広告を打って、ランディングページに誘導し、オウンドメディアでコンバージョンさせる」─これまで有効だったこの定石で、これまで通りのパフォーマンスを出すのが難しくなる時代がすぐ近くまで来ているかもしれません。そう警鐘を鳴らすのはGoogleアナリティクスのエキスパート、株式会社プリンシプルの木田氏。ブロードバンドが日本にあまねく地域に張り巡らされた現代では、今後、インターネット接続ユーザー数の大幅な増加が見込めないかもしれないからです。今、木田氏がTableauを手に分析をしているのは、CRM。データ分析の最前線でいま何が起きているのでしょうか。その変化を解説いただきました。
(構成・写真 渡邉奈月<ICPコンサルティング>)
株式会社プリンシプル 取締役副社長 木田 和廣氏(写真 中央)
1989年早稲田大学政治経済学部卒業。商社、ソフトバンク系ネットベンチャーを経て、2004年からWeb解析業界でのキャリアをスタートし、2011年より現職。Google アナリティクス、Tableauについての著作がある他、Google社認定のGAIQ資格の長期保有者。日本で数人しか保有していないTableauの上級資格であるTableau Desktop Certified Professionalを保有。
クレストホールディングス株式会社 兼 株式会社クレスト 代表取締役社長 永井 俊輔(写真 右)
株式会社ジャフコでM&Aやバイアウトに携わった後、父親が経営する株式会社クレスト入社。CRM(顧客関係管理)やマーケティングオートメーションを活用して4年間で売上を2倍に拡大させサイン&ディスプレイ業界大手に。2016年より代表取締役社長に就任。
株式会社クレスト 経営管理本部 情報システム部 Senior Manager 江刺家 直也(写真 左)
WEBオープン系エンジニア経験を経てプロジェクトマネージメントからソリューション提案プリセールスを経験。その後マーケティング・システム・サービス事業会社にてマーケティング支援からマーケティングオートメーションシステムの導入を経験。クレスト入社後はシステム全般的な側面から全社業務の最適化、サービスの拡充を支援しつつ、esasyの製品企画から販売戦略の立案、サイト作成まで担当し、現在は経営企画本部情報システム部の統括を担当。
Contents
ワンランク上のマーケターに与えられた「営業」の仕事
江刺家:もう知るひとぞ知る木田さんなんですが(笑)私もお会いするのはお久しぶりなので、ここから会話を始めたのですが。木田さんは最近どんなお仕事をされているのですか?
木田:一応(笑)、「営業」をしています。私が取締役をしているプリンシプル社は、これまで製販分離をしていなかったのですが、会社が拡大する中で、専門の営業部隊ができ、そのトップになっています。私自身は、営業に向いていると思っていません。しかし、プリセールスで大義名分を伝えるのは得意です。
─ 大義名分とは?
木田:大義名分が必要なお客様は一定数います。経営層に対して、「御社がデジタルマーケティングで何をしなきゃいけないのか、それについてどんなソリューションがあって、どんなお金と労力をかけると、どんな成果が得られるのか、それについて一般的にはこのように対応しています」と、やるべき理由をストーリー立ててお伝えします。とがった靴を履いた20代の若者が伝えるよりは、おじさんが言った方が聞いてくださるだろうということで、「営業」という役割をいただいています。
─ 名刺には「チーフエバンジェリスト」とありますね。
木田:そうです。数字を追う営業活動よりはエバンジェリスト活動が中心です。デジタルマーケティング支援をする会社は、プリンシプル社以外にも増えてきたので、差別化する上で、私の存在はシンボルになり得るかと思っています。「あの会社には木田さんがいて、現役でやっているね。コミュニティにも積極的だね」。そんなイメージをリードする存在─。
江刺家:一言で言えば、アイドルですね。木田さんは、Googleアナリティクスの大家でもあり、Tableauを早い時期から使いこなしている方として知名度がある。一度マーケターとしてワンランク上になったら、一般論を語って啓蒙・啓発をする立場になる感じですね。
手付かずの膨大な顧客データにメスを入れる
木田:仕事の領域も変わってきました。これまでは、新規顧客を獲得するためにGoogleアナリティクスなどのWebのアクセスデータを扱うことが中心だったのですが、今は既存顧客のCRM(顧客管理)データを扱う領域に進出しています。この既存顧客のデータは、企業においていまだ手付かずということが多いのではないかと感じでいます。
─ 各企業、販売データや顧客データを持っているのに、なぜ手付かずなのでしょう?
木田:新規顧客を取ってくることに関しては、自社サイトにどう誘導するかという観点で、Googleアナリティクスが充実したデータやレポートを提供しています。つまり、極論すれば、Googleアナリティクスって、外からオウンドメディアにどう効率的にお客さんを呼んでくればコンバージョンが起きるのかを可視化する装置です。これはGoogleが広告の会社だからやっているんですよ。しかし、一度、既存顧客になってしまうと、広告を打つよりは、顧客心理を深く理解してLTVを増やす活動が大事になりますよね。そこは広告に繋がりづらい。だから、Googleは積極的にやろうとしないのだと思います。
木田:いわゆるCRMデータ(顧客の属性データ・購買データ)は企業によって格納されているデータ基盤も、格納されているデータ項目も異なります。未開拓の領域なので課題解決の難易度も高いです。この領域のデータ活用はSalesforceが狙おうとしているのだと思います。だからRDB(リレーショナルデータベース)の可視化に優れたTableau社を買収したのではないでしょうか。知見を貯めるために、会社内でも私自らTableauやSQLを使って分析をしています。
江刺家:企業のニーズとして「まずWebを頑張ろう」というところから、少し雰囲気が変わってきたのでしょうか。
木田:はい、少しだけ雰囲気が変わり始めた部分があるかと思っています。そこには、インターネットの発展とともに新規獲得が難しくなっていることが背景にあると思います。かつて、Googleアドワーズ広告を出せば、新規顧客がどんどん取れた時代がありました。それは、ブロードバンドが爆発的に拡大したタイミングで、ネット接続する人が増えたために、獲得数を増やすのが楽だったのです。そこで、企業の外から新規顧客を獲得して売上をあげるのが、成功の方程式でした。しかし、ブロードバンドが全国民にとって当たり前になると、日本の人口は減少しているために、これ以上、新規獲得を狙うのが難しくなります。そこで、外部から自社サイトへの流入については、ラストクリックからアトリビューション重視に、また、新規獲得と合わせて、企業は既存顧客に目が向くようになったのです。CRMについては、あらゆる企業に共通したプラットフォームがこれといってあるわけでもありませんから、基本的には顧客データは各企業が保有し、独自にプロモーションを打つ必要がでてきます。
「4つの適切」をテクノロジーで明らかにする
─ 例えば、メールマガジンとか…?
木田:はい。既存顧客とのコミュニケーションチャネルとしては、主力だと思います。ただ、メルマガを過剰に送りまくったら、既存顧客は逃げてしまいます。私は「4つの適切」と呼んでいますが、「適切なお客様に」「適切なタイミングで」「適切なチャネルを使って」「適切なオファーをしよう」。これによって販売促進施策が、既存顧客の購買につながります。この「適切」をデジタルデータで突き詰めるのです。解約を少なくするメール、不快感のないメール、つい買いたくなるメールとは何かを、データで実証する。私は、テクノロジーを使って、既存のCRMを高度化させることがトレンドになるのではと予想し、勉強やサービス開発をしています。
─ どんなテクノロジーなのでしょうか。
木田:例えば機械学習です。ある会社で、カタログ送付後2週間以内に購入に至った既存顧客を「カタログによる購入」と分類して効果測定をしました。すると、その数値は4%くらいだったのです。そこで、買う気がない人に送らないことで効率化できると思い、機械学習を使ってみました。CRMの顧客データを、購入意欲が高い層から、全く買う気がなさそうな層に分類して、ランクづけした上で、「実験なので全部の層に送ってみましょう」と提案しました。
江刺家:木田さんはそれを、すでに経営支援としてサービス提供しているのですか?それともトライアルでお客様と進めている段階でしょうか?
木田:まだサービスとして確立していないので、私が責任を取る形で進めています。まだ、機械学習の結果から「この層には、こういう行動をとるべき」と定石を言い切れる段階ではありません。しかし、出た結果から何らかの知見は、必ず得られます。そこから何と結論づけて、お客様と共有し、アクションにつなげるかが大事です。成果って「まだら模様」なんですよね。0勝100敗はない。悪くても40勝60敗ぐらいにはなります。「上位4セグメントは、よい結果が出ました。他の6セグメントではよい結果が出ず、やらなくてよいことがわかりました。だから、上位4セグメントにカタログを送りましょう」と言えます。
多くの産業でデータ取得は始まったばかり
永井:新規顧客の獲得といったマーケティングファネルの上の方から、既存顧客のLTV増加といったファネルの下の方にテーマが近づいてきたというのは、クレスト社も同様です。もともと外の世界で看板を作っていましたが、今は「カメラで導線分析をしましょう」と、お店の中の話をしています。言い換えると、デジタルとリアルの融合、OMO(Online Merges with Offline)ですね。木田さんは、Googleアナリティクス、Tableau、CRM と、デジタルからリアルに分析の対象を変えてきました。これからは、どこにタグを埋めに行ってデータを収集、分析するおつもりですか?
木田:今後、オンライン(デジタル)とオフライン(リアル)が統合されてくるのは間違いありません。esasyはその一つですね。データの活用にあたっては、データ取得レイヤー、蓄積レイヤー、分析レイヤー、アクションレイヤーの4つがありますが、私は、分析とアクションに興味があります。分析とアクションをアドバイスするトップランナーでいたいと考えています。
江刺家:データを取得するところはどうするんですか?
木田:それはesasyに頑張ってもらうとして、データ取得レイヤーはもうすぐ整うのではないかと思います。レガシーな産業は、いままでデータ取得装置がない状態でした。例えば、私が趣味の「釣り」で例えると、実は釣り船には、釣れやすい座り位置があるのですが、公開されていないのです。良心的な船宿さんだと、座った場所ごとに「今日は何匹釣れましたか?」とヒアリングしたりしますが、基本的にはデータ取得装置がない状態です。
木田:船宿同様に、ブランドの小売店舗も、データ取得装置がこれまでありませんでした。外装・内装にお金をかけ、人を配置し、商品を陳列している。つまりそれなりの経営資源を投下していますが効果を把握できていないのです。それが、esasyのようなデータ取得装置が設置されることで、釣り船だったら「今日の狙いの魚で、潮の流れ、風の向きを考慮すると、みよし(船首)側が平均値よりも0.6シグマ有利ですよ」といった、分析・アクションにつなげられるデータ取得を開始することができる状況が近づいていると思います。
永井:そういえばパチンコ業界は、早いうちからダイコク電機産業のデータロボなどデータ活用が進んでいましたね。あれは、データを取得、蓄積して、機械学習ではなく人間の脳みそでどれがでそうという予測をしているのですよね。
木田:競馬もデータがありますね。競馬新聞というインフラが整っていますから、何月何日のある天気のレースでこの馬は何着だったデータが蓄積されています。それに比べれば、データを取得できていない業界の方が圧倒的に多いんです。別の見方をすると、分析レイヤー・アクションレイヤーが得意な人には活躍できる土壌がまだ整っていないと言えます。得意なことを、得意な人がやらないと、競争に負けてしまうと思います。横綱の白鵬が短距離選手だったら…、タイガーウッズがアメフト選手だったら…、活躍できたでしょうか。だから、今、分析・アクションのためにデータ取得・蓄積がうまくいってなかったとしても、落ち込むなと言いたいですね。